ホテルから、診療所まではタクシーで移動してるんやけど、
今日はお休みをもらったので、町を歩いてみた。
海にも山にも囲まれたこの街はきっとすごく素敵な町だったんやけど、
今はなんにもない。
家があった土台と、瓦礫の山は少しずつどこかへ運ばれ、見渡す限り何もない。
廃墟になったビルの4階部分の窓ガラスが割れていた。
ここまで津波が来たんやなぁ。
私が一緒に働いているスタッフは公立志津川病院のスタッフです。
今は仮設の診療所で一緒に働いています。
志津川病院の跡地に行く。ここも4階まで窓が破られていて、4階まで部分の外にある非常階段もぐにゃりと曲がっていた。
病院の中に入ると、全部がめちゃめちゃで献花台があった。花やお酒がおいてあった。
70名以上がここで亡くなったんやもの。
高台にあるホテルの傍に海の見える喫茶店があった。
ここで美味しいカフェオレを飲んだ。
I

仮設でお店を始めたお店でご飯を食べた。
復興のメッセージの書いてあるカレンダーを買った。
小さな私が考え付く復興支援は小さなものかもしれへんけど、
小さな力がたくさんになったら、大きくなるかもしれへん。
私は私に出来ることがあって本当によかった。
まちで見かけた誰かが張ったシールです。
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久しぶりにここにやって来た。そんな事になってたんですか、
ご苦労さん。
自分の道を歩いてえるんやね、頑張りな、
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ご苦労さん。
自分の道を歩いてえるんやね、頑張りな、
お元気ですか。頑張りすぎないようほどほどに頑張ります。
貴重な話も聞かせてもらえるし、みんな優しいです。